『「学力」の経済学』(著:中室牧子 ディスカヴァー・トゥエンティワン)

「学力」の経済学

 表紙をめくると、「その教育、本当に効果があるのか?」の文字が目に入りました。初版は2015年ということなので、少々古い本と言えるかもしれませんが、当時はメディアにも採り上げられていたようです。 著者の中室先生は、慶應義塾大学総合政策学部准教授で、教育経済学者です。教育経済学とは、「教育を経済学の理論や手法を用いて分析することを目的としている応用経済学の一分野」だそうです。また、「教育や子育てを議論するときに絶対的な信頼を置いているもの、それが『データ』である」とも言っています。
  本書では、教育や子育て、学習などに関する様々な研究が紹介されています。それらのエビデンス(科学的根拠)は、主観や実体験のみの主張とは違い、実験によって得られた膨大なデータを分析し、偶然による誤差の範囲内ではないと認められたもの(有意差があるもの)です。ですから中室先生は、教育評論家や子育て専門家の指南やノウハウよりも価値があり、“知っておかないともったいない”と呼び掛けています。

研究結果のデータから導き出されたもの一覧(一例)

 私が特に印象に残ったものを挙げてみたいと思います。これらには、「それは確かにそうだよな」とすんなり受け入れられるものもあれば、「本当に!?」と目から鱗のようなデータもありました。

➀子どもを“ご褒美”で釣ってはいけないのか?

・「今勉強しておくのがあなたのため」は、経済学的に正しい。

・すぐに得られるご褒美を設定することは、「今勉強すること」の利益や満足を高めること。

・ご褒美は「テストの点数」などのアウトプットではなく、「本を読む」「宿題をする」などのインプットに与えるべき。

・ご褒美を与えることは、必ずしも子どもの「一生懸命勉強するのが楽しい」という気持ちを失わせるわけではない。

・子どもが小さいうちは、トロフィーやシールなどのように、やる気を刺激するような、お金以外のご褒美を与えるのが良い。

・「アウトプットではなくインプットに」「遠い将来ではなく近い将来に」ご褒美を与えるのが効果的。

②子どもは褒めて育てるべきか?

・「(褒めることで)自尊心が高まると学力も高まる」のではなく、「学力が高いから自尊心が高い」。

・子どもの自尊心を高めるような介入は、決して子どもたちの成績をよくすることはない。

・成績の悪かった子どもの自尊心をむやみに高めるようなことを言うのは逆効果。

・子どもを褒める時には、もともとの能力ではなく、具体的に達成した内容を挙げることが重要。

③テレビやゲームは子どもに悪影響を及ぼすのか?

・テレビやゲーム「そのもの」が子どもたちにもたらす負の因果効果(肥満や暴力行為など)は、私たちが考えているほどには大きくない。

・テレビやゲームをやめさせても学習時間はほとんど増えない。

・一日一時間までならテレビもゲームも問題ない。二時間以上だと、学習時間などへの負の影響は大きくなる。

④子どもに学習してもらうために「勉強しなさい」と言うのは効果があるのか?

・「勉強するように言う」のはあまり効果はない。

・「勉強を見ている」または「勉強時間を守らせている」のは効果が高い。

・男の子は父親が、女の子なら母親が関わった方が効果的。

・時間がない親は、他の親族や兄姉、先生などの助けを借りても良い。

⑤「友達」から受ける影響はどの程度のものなのか?

・平均的な学力の高い友達の中にいると、自分の学力にもプラスの影響がある。

・学力が優秀な子どもに影響を受けるのは、上位層だけ。むしろ高すぎるグループに属していると逆効果。「学力の高い友達といさえすれば良い」は間違い。

・いわゆる問題児の存在が、学級全体の学力に負の因果効果を与えることがある。→転校など環境を変えるのは良策。

・習熟度別学級で特に大きな学力上昇が見られたのは、もともと学力が低い子ども達。

⑥教育には子どものどの発達段階で投資する(お金をかける)のが良いのか?

・最も教育の収益率(子どもの将来の収入がどれくらい高くなるか)が高いのは、子どもが小学校に入学する前の就学前教育(幼児教育)である。

・人的資本(勉強だけでなく、しつけや人格形成、体力や健康などへの支出)への投資は、とにかく子どもが小さいうちに行うべき。

・幼児教育への財政支出は、社会全体でみても割の良い投資と言える。

・幼児教育は認知能力(学力やIQ)には短期的な影響を与えたに過ぎないが、非認知能力(忍耐力や社会性、意欲など)には長期的に影響を与え、それが将来の学歴や就業形態、年収などの労働市場における成果に大きく影響する。

・重要な非認知能力は「自制心」と「やり抜く力」→部活動や生徒会などを辞めることは慎重に考えるべき。

研究データからの結果を受けて

 またまた長くなってしまいました。しかし、どれも教育関係者や保護者にとっては有益な情報ではないでしょうか。
 これまで我々は、単純に“テレビを見すぎると肥満になる”とか“暴力的なシーンのあるゲームをする子は暴力的になる”などと考えてきました。しかし、気を付けなければいけないと著者が訴えるのは、単なる「相関関係がある」に留まるのか、「因果関係がある」のかです。「この“原因”があって、この“結果”となっている」となってはじめてエビデンス(科学的根拠)となるということです。改めて研究結果を見て、我々が「きっと関係があるに決まっている」と思っていたことが、単なる「相関関係」であり「因果関係」はなかったという結果が多々あったのです。この視点が得られたというだけでも、私にとっては有益な内容でした。

教育は、人と人の心の繋がりゆえに

 これらは、みなエビデンス(科学的根拠)に基づいたものです。一定の信頼度もあるものばかりでしょう。私もぜひ心に留めておきたいと思います。 しかし、私は思うのです。教育とは、人と人の心の繋がりが大切であり、時にそれはデータとか人知とかを凌駕するものではないかと。例えば、“関わる”とか“声を掛ける”と一口に行っても、単に関わったり伝えたりしたのか、それとも心から誠意をもってしたのかでも、受け取る子どものリアクションは変わってくるでしょう。また、今回紹介された研究はほとんどが外国で行われているものです。国柄・地域柄でもまた結果は変わってくる可能性があるでしょう。

 参考にしたい研究結果をもちつつも、エビデンス(科学的根拠)があるからといってすべてを受け入れてそのままオウム返しにするのではなく、教育という崇高性や自分自身の経験なども踏まえて柔軟にアウトプットしていきたいと思います。

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投稿者

熱血!まるねこ先生

1980年生まれ、愛知県名古屋市出身。 静岡大学大学院教育学研究科修了。学習塾に1年勤務。 都内公立小学校で10年、地方公立小学校で3年勤務。 都内と地方の教育に対する考え方の違いに戸惑っていた中、世の中の急速な変化に対応できるのか(大人も子どもも)と焦りを覚え、なぜかブログを開始する。 趣味は、家族サービス、猫との戯れ、アウトドア、温泉、読書、寝ること。

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